「バイオファウンドリ」とは?定義・役割・メリットなど基礎知識を解説
目次
微生物の力を借りてものづくりをする「バイオものづくり」の世界市場の規模は2030年度で200兆円~400兆円と予測されており、従来の医療・ヘルスケア分野に加えて、素材・エネルギー・食品分野への拡大も見込まれています。この成長を牽引するのが「バイオファウンドリ」です。
今回の記事では、バイオファウンドリとは何なのか、バイオファウンドリに開発を依頼するとどんなことが出来るようになるのか、国内外にはどんなバイオファウンドリ企業があるのかなど、バイオファウンドリの基礎知識をご紹介します。
バイオファウンドリとは?
バイオファウンドリとは、ロボティクスやAI を用いて、微生物開発から実用化までを高速におこなう技術基盤を備えた企業のことをいいます。
微生物を利用して物質を生産する「バイオものづくり」には、高度に改良された微生物が必要です。
これまでは人間の手作業で微生物の育種・改変作業といった開発工程をおこなっていたため、膨大な時間とコストがかかっていました。ところが、近年バイオテクノロジーと デジタルテクノロジーが目覚ましい発展を遂げ、バイオファウンドリにおいて微生物開発に必要な作業の自動化や効率化が進んだことから、微生物の開発効率が飛躍的に向上したのです。「バイオものづくり」の幅広い産業への展開が期待される機運が高まったのには、こうした背景がありました。
ちなみに「バイオファウンドリ」の「ファウンドリ」とは、半導体産業において用いられる用語で、半導体チップを製造する工場や企業のことを指します。つまり、「バイオファウンドリ」という言葉には、「自動化された精密な半導体工場のように、緻密に設計し、高速でスマートセルを創出する」という意味が込められています。
バイオファウンドリの役割とは?
では「バイオファウンドリ」は、バイオものづくりにおいてどのような役割を担っているのでしょうか。「バイオものづくり」のプロセスとともに説明します。
バイオモノづくりのプロセス【5つのステップ】
STEP 1. 事業開発
バイオものづくりは、事業開発から始まります。顧客や市場のニーズに合わせたバイオ事業を企画し、スマートセル* で生産する目的物質を決定します。
* スマートセルは、遺伝子を操作し有用物質の生産能力を高めた微生物細胞のこと
STEP 2. スマートセルの創出
酵母、細菌、糸状菌(カビ)などの中から、宿主にする微生物を選定します。微生物によって生産を得意とする物質が異なるため、STEP 1で決めた目的物質に応じて、 適切なものを選びます。
続いて、AI 技術などを用いて微生物を設計し、設計に基づいて DNA 合成技術やDNA 導入技術を駆使して遺伝子操作(遺伝子の挿入や削除、発現制御)をおこないます。この操作によって、微生物の代謝経路を再構築し、目的物質の生産能力を引き上 げます。こうして微生物の細胞内につくられた代謝経路は、いわば“目的物質の生産ライン”となり、細胞が生産工場のように機能するようになるのです。
STEP 3. スマートセルによる目的物質の大量生産プロセスの開発
次に、研究室レベルのスケール(100μL~100mL)から商用可能なスケール(1000L ~10 万 L)へスケールアップ* をするための、生産プロセスの開発をおこないます。
*小型のモデル装置の状態と同じ効果を大型の実機で実現するための設計基準を得ること
微生物によるものづくりでは、与える栄養源や温度などの培養環境は極めて重要です。異なる栄養源を与えると生産される物質が変わったり、温度の変化によって物質の生産量が増減したりといったことが起こります。そのため、スケールアップにおいては、複数のパラメーターを調整・制御し、最適な培養条件を見出す必要があります。
スケールアップがうまくいかない場合は、STEP 2 のスマートセルの開発に立ち戻ってやり直すこともあります。
STEP 4. 目的物質(原料)の生産
STEP 1・2で開発した微生物と生産プロセスをベースに、目的物質を大量生産します。生産された目的物質は、遠心分離や膜分離などの方法で発酵液から分離し、精製します。これで、目的物質を原料として使用できるようになります。
STEP 5. 製品開発・製造・販売
目的物質を原料として、製品の開発・製造・販売をおこなうのが、「バイオものづく り」の最終工程です。化粧品、燃料、食品素材、医薬品、プラスチック、繊維など、これまで化石資源原料でつくられていたものを、バイオ原料でつくることができるようになります。
バイオものづくりのプロセス
バイオものづくりのプロセスの中でバイオファウンドリ企業が担うのは、主に STEP2【スマートセル開発】の部分です。このスマートセル開発】機能をベースに、STEP3【プロセス開発】を融合するケースや、STEP4【目的物質の生産】を受託生産として担うケース、一部原料をオリジナルブランドとして販売するケースもあります。
目的物質の高速開発を可能にするDBTL サイクルとは?
バイオファウンドリを語るうえで欠かせないのが、ロボティクスによる自動化とデータ駆動型のシステムを基盤にした「DBTL サイクル」とよばれるワークフローです。
まず、目的物質の生産に適した遺伝子回路や代謝経路をコンピューター上で【設計(Design)】 し、次にその設計通りに微生物を【構築(Build)】します。その後、実際に微生物で生産をおこない、結果を【評価(Test)】します。 Build やTest の工程では、ロボティクスを用いた自動化技術が取り入れられ、高速化が図られています。
次に、得られた一連の結果をデータベ ース化する【学習(Learn)】工程があり、得られたナレッジの積み上げにより、次に実施する Design の確度が向上します。このサイクルを高速で繰り返すことで、微生物を合理的かつ効率的に改変し、らせん階段をのぼるようなイメージで、微生物の生産能力を短期間で高めることができるのです。
DBTL の各工程では、次のようなことがおこなわれています。
【設計(Design)】
- 生産したい目的物質に合わせ、代謝反応のネットワークモデルを使って微生物の代謝経路を設計する。
- ねらった代謝経路を細胞内で機能させるための酵素の設計図となるDNA 配列を、専用ソフトウェアを使用して設計する。
【構築(Build)】
- Design工程での設計に基づいて、細胞内の遺伝子のDNA 配列を実際に構築する。
構築には、DNAをゼロから合成する【DNA 合成】と、すでに細胞が持っているゲノム DNAを改変する【ゲノム改変】の2つのアプローチがある。
【検証(Test)】
- Build 工程で構築した細胞を培養し、その性能評価と解析試験をおこなう。
ロボティクス技術による自動化によって、精度とスループット性を向上させることが、 DBTLを効率的に回転させるポイント。
【学習(Learn)】
- Test 工程で生み出された大量のデータから、統計解析や人工知能などを活用して、遺伝子配列・代謝経路と目的物質の生産性に関するデータアセットをつくり、 次のDesign 工程に提供する。
バイオファウンドリがもたらすメリットと課題
開発期間の大幅な短縮と開発コストの削減を実現
バイオファウンドリには、微生物の遺伝情報と代謝機能についての膨大な知見(データアセット)が蓄積されています。これを活用することにより、これまで化学的に生産されていた物質をより環境への負荷の少ないバイオプロセスで生産することや、これまで微量しか得られなかった天然物を微生物で大量に生産することが、短期間の研究開発で実現されるようになります。
またメーカー企業にとっては、これまで自社でおこなう必要のあったスマートセルの開発をバイオファウンドリに委託することで、商品企画や製造・販売に注力できるようになるというメリットもあります。
商用化の障壁となるプロセス開発
一方で、バイオものづくりがさまざまな分野で展開される社会を実現するためには、解決しなければならない課題も残されています。それは、商用化に向けた生産プロセス開発にかかる時間と費用の削減です。
ラボスケールから商用スケールへのスケールアップは、数 mL から数 100mL、数 10L、数 100L、数 1000L…と段階を踏んでおこないます。その度に設備投資が必要になるうえ、多くの場合、スケールアップで培養環境が変わると微生物の生産能力が低下するため、実験を繰り返して知見を蓄積しながら、最適な培養条件を見出す必要も出てきます。仮にスケールアップがうまくいかない場合は、スマートセル開発に立ち戻り、微生物を改良することになります。
そのため、商用生産に耐えうる微生物を開発するまでに膨大な時間と費用を要することになり、企業がバイオものづくりに参入する障壁となっているのです。
バイオものづくりの課題を解決する「統合型バイオファウンドリ」とは?
この障壁を取り除き、バイオものづくりの社会実装を加速する突破口として今、期待が寄せられているのが「Integrated Biofoundry(統合型バイオファウンドリ*)」です。
* 日本語表記の[統合型バイオファウンドリ]は、バッカス・バイオイノベーションの登録商標
「統合型バイオファウンドリⓇ」は、従来のバイオファウンドリ機能に加え、生産プロセスを開発する機能も併せ持ち、微生物の開発・改良から培養槽のスケールアップ、生産プロセ ス開発までをワンストップでおこないます。これにより、スケールアップにおける微生物の生産能力の発揮の状況や、最適な培養条件などのデータを微生物開発にフィードバックしDBTLサイクルを高速で回すことで、商用化に耐えうる強い微生物をつくることが可能にな るというわけです。
メーカー企業は「統合型バイオファウンドリⓇ」と協業することで、スケールアップのためのパイロットプラント建設コストを削減できるうえ、これまでは数十年単位で必要だった微生物の開発から商業化までの期間を大幅に短縮できるようになります。日本国内では、バッカス・バイオイノベーション(神戸)が、アジア初の「統合型バイオファウンドリⓇ」の構築を進めています。
国内外のバイオファウンドリ企業とその特徴
最後に、国内外の主要なバイオファウンドリ企業をご紹介します。
Gingko Bioworks(米・マサチューセッツ)
Gingko Bioworks(ギンコ・バイオワークス)は、マサチューセッツ工科大学の教授で合成生物学の権威であるトム・ナイトや、同大学で生物学を学んだジェイソン・ケリーらによって 2009 年に設立され、バイオファウンドリの先駆けといわれています。
自動化されたラボで大規模なデータセットと機械学習・人工知能ツール等を組み合わせ、微生物細胞をプログラミングする事業をおこなっています。細菌・酵母・糸状菌(カビ)・動物細胞など 10 種類以上の多種多様な微生物を宿主として扱っているのが特徴です。
医薬品、食品素材、香料、農業・種子、化学品など幅広い業界の顧客を抱えています。日本企業では、味の素や住友化学が発酵生産菌や生物農薬開発で協業しています。
Zymergen(米・カリフォルニア)
Zimergen(ザイマージェン)は、合成生物学ベンチャーAmyris 出身のジェッド・ ディーンとザック・サーバーらによって 2013 年に設立され、2022 年 7 月に Gingko Bioworks に買収されました。
ゲノム解析や機械学習を応用した遺伝子組換え微生物の設計・製造の自動化、宿主として扱う微生物の種類の豊富さ*が特徴で、農業分野での窒素固定微生物や、撥水性分子の開発、透明フィルム、3Dプリンタ向けのポリマーや、ワクチン生産用の酵素などを開発していました。
* 細菌・酵母・糸状菌など約 30 種類
Amyris(米・カリフォルニア)
Amyris(アミリス)は、カリフォルニア大学バークレー校のジェイ・リースリング教授らによって 2003 年に設立されました。
遺伝子操作した酵母を用いて、マラリア治療薬の原料、バイオ燃料の原料、化粧品原料、香料原料、甘味料成分など、12 種類以上の幅広い物質生産をおこなっています。宿主となる微生物を、酵母1種類に絞り込んでいるのが特徴です。
日本企業では、資生堂が化粧品原料の提供を受けているほか、クラレが新規タイヤゴム素材、高砂香料がフレグランス素材の共同開発をおこなっています。
Logomix(東京)
Logomix(ロゴミックス)は、東京工業大学の相澤康則准教授らが手掛けてきた研究成果をベースに 2019 年に設立された、東京工業大学発のバイオベンチャー企業です。
大規模なゲノム改変を可能にする「Geno-Writing」という技術を活用し、大規模かつ自由に ゲノムを設計・構築することで、目的物質を生産する微生物細胞を製造します。バクテリア、 酵母、動物培養細胞、ヒト幹細胞など様々な細胞の機能改変を行っているのが特徴です。
製薬、食品、化学・素材系、エネルギーなど幅広い分野の国内企業と協業しています。
Bucchus Bio innovation(神戸)
Bucchus Bio innovation(バッカス・バイオイノベーション)は、神戸大学の近藤昭彦教授らが培ってきたバイオテクノロジー関連の研究成果や先端技術・ノウハウをベースに 2020 年に設立された、神戸大学発のベンチャー企業です。
微生物によるものづくりに必要な技術と知識、装置群を集積・統合し自動化した、アジア初の統合型バイオファウンドリとして、微生物などを利用した有用物質の生産に関する受託サービス(ファウンドリサービス)や自社プロダクトの開発をおこなっています。酵母、大腸菌、乳酸菌、糸状菌、放線菌、ビフィズス菌、微細藻類など、幅広い宿主に対応しています。
まとめ
今回は、バイオとデジタル技術を基盤にしたバイオものづくりにおいて、革新的な製品やサービスを生み出す鍵となる「バイオファウンドリ」についてご紹介しました。バイオものづくりへの参入を検討する方々や、バイオファウンドリでの微生物開発に関心のある皆さまの参考になりましたら幸いです。
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