スマート保安とは?定義や導入のメリットをわかりやすく解説

スマート保安とは?定義や導入のメリットをわかりやすく解説

目次

    昨今の産業保安においては「スマート保安」への注目が集まっています。今回の記事ではスマート保安の定義や意義、また実際に導入した際に得られるメリットなどを分かりやすく解説します

    そもそも「保安」ってどういう意味?

    「保安」は「危険から守り、安全を保つこと」を意味します(出典:デジタル大辞泉)。

    プラント等の運用においては、この「保安」を正しく確保することで、爆発・漏洩などの事故や労災防止へつなぐことができます。

    今まで実際に起きた環境事故の事例を見てみよう

    保安基盤が適切に機能していない場合、どのような事故が起きてしまうのでしょうか。ここでは過去に起きた代表的な事故事例をいくつか紹介します。 (スマート保安の定義やメリットは、次の章から解説します)

    1976年 
    イタリア「セベソ事故」
    1976年7月、北イタリアのセベソにある化学工場で爆発が起き、ダイオキシンの放出事故が発生。広範囲にわたり町が汚染され、推定22万人が被災し、後遺症に苦しんだ。バッチ作業終了時、作業員が運転指示書と異なる方法で停止したため熱暴走が起きダイオキシンが大量に生成。破裂板が作動し、ダイオキシンを含む反応生成物が放散された。この事故を契機に当時のEC(現在のEU)は、有害物質による汚染を減らし人々の安全を守るための規制、「セベソ指令」を採択(1982年)。1996年には、危険物質を伴う大規模災害を予防し、災害発生時の人間・環境への危害を最小限にすることを目的とした「改正EU指令(セベソ指令II)」も定められた。

    (参照:特定非営利活動法人 失敗学会「イタリア、セベソのダイオキシンの放出による大規模な環境汚染と人的被害」一般財団法人 環境イノベーション情報機構「セベソ事件」

    1984年 
    インド「ボパール化学工場事故」
    1984年12月、インドのボパールにある化学工場から猛毒のMIC (イソシアン酸メチル)ガスが漏洩する事故が発生。ガスは市街地まで広がり、インド政府によると事故発生から数日以内に約3,500人が死亡、その後の数年間で15,000人以上が死亡した(推定)。事故原因はプラントの設計方法や、コスト削減のための手順無視、人件費削減のため保守責任者を不在にしたなど多岐にわたり、現在も15万人以上が汚染による障害で苦しんでいる。(参照:Environmental Health 2005年「The Bhopal disaster and its aftermath: a review」Guardian「The long, dark shadow of Bhopal:still waiting for justice, four decades on」
    2010年
    「メキシコ湾原油流出事故」 
    2010年4月、メキシコ湾沖合の油掘削施設において爆発事故が発生。11名が命を落とし、87日間にわたり推定490万バーレルの原油が流れ出たため、メキシコ湾沿岸部に甚大な海洋汚染が広がった。掘削施設は2日間燃え続け、流出した原油はアメリカ沿岸部にも漂着。原因の1つとして、経費削減のため爆発事故防止にまつわる対応が見送りにされていたことが明らかになっている。(参照:WIRED「BP’s ‘Nightmare’ Well: Internal Documents Uncover Negligence」United States Environmental Protection Agency「Deepwater Horizon – BP Gulf of Mexico Oil Spill」  )

    スマート保安の定義や意義

    本記事のメインテーマである「スマート保安」について詳しく解説します。

    スマート保安とは
    ①国民と産業の安全の確保を第一として、②急速に進む技術革新やデジタル化、少子高齢化・ 人口減少など経済社会構造の変化を的確に捉えながら、③産業保安規制の適切な実施と産業の振興・競争力強化の観点に立って、④官・民が行う、産業保安に関する主体的・挑戦的な取組のこと。 (引用:経済産業省「スマート保安促進のための基本方針」

    経済産業省によると「スマート保安」は上記のように定義されており、産業保安の維持や向上のためにテクノロジー技術(スマート技術)を活用する取り組みのことをいいます。(参照:スマート保安官民協議会 ガス安全部会 「ガス分野におけるスマート保安のアクションプラン」

    loTやAIなどを使用したデータ分析からおこなう判断は、微細な異常検知や広範囲・高頻度の点検、そして設備運転の最適化に結びつきます。その結果として保安レベルが向上するほか、保安業務の合理化も期待することができるのです。 またスマート保安の技術は、広範囲にわたる点検や異常検知と親和性が高いとされており、事故防止・事故予兆・故障予兆のほかにも、品質の安定や生産性の向上にもつながります。

    【3選】スマート保安が注目されるようになった背景

    ではなぜ、スマート保安が注目を浴びるようになったのでしょうか。

    設備の老朽化と事故の多発

    日本には高経年設備を有する石油精製、石油化学・化学プラントが多く存在しています。2022年にエチレンプラント設備の半数以上は稼働年数が50年以上となり、 設備の老朽化が進みつつあります。

    参照:産業保安グループ「産業保安のスマート化」(最終アクセス 2024/03/14) 

    そのため設備の故障や異常によるトラブルが増加し、製品品質の不安定化・コスト増加へつながっているといわれています。

    人材不足

    高経年化した設備では事故防止のための自主的なメンテナンス・検査がより重要であり、検査頻度を上げる必要があります。しかし厚生労働省によると、プラント事業者の従業員の44%は45歳以上であり、2030年以降に定年退職を迎えるとされています。 保守・安全管理を熟知した従業員の引退は技術伝承や人材育成の不十分さを誘引し、実際にこれらを起因とする事故も発生しています。

    (参照:経済産業省「スマート保安の促進」産業保安グループ「産業保安のスマート化

    スマート保安を活用し、個人の経験や勤務年数に左右されない保安の維持・向上の実現は喫緊の課題といえそうです。

    テクノロジー技術の進歩

    現在は第4次産業革命といわれており、 IoTやビッグデータ(BD)・AIやドローンなど新たなテクノロジー技術の発展が目覚ましく、様々な業界で導入され始めています。

    従来は人間がおこなっていた作業の補助・代替が可能になることで生産の効率が向上するほか、産業保安分野においても保安レベルを持続的に上げられるため、スマート保安にまつわる取り組みが積極的に進められています。

    スマート保安を導入するメリット【保安面】

    ここでは、スマート保安を導入することで得られるメリットを「保安面」と「収益面」に分けながら解説します。

    保安力の向上

    熟練従業員が持つ知識や技術を後輩社員に引き継ぐ際、テクノロジーを活用すると「数値化」が可能になります。数字として記録されることで、定量的な判断や作業者の経験値に左右されない判断が可能になり、また、ベテランと新人の力量差を明確に比較しやすいこともメリットの1つといえるでしょう。

    職人の勘に頼らない定量的なデータからの分析や判断は、事故・トラブルの予防以外にも安定的な稼働につながるため、生産性向上が期待できます。

    従業員の安全・ 働き方改革への対応

    スマート保安で活用されているツールには、昨今注目を浴びている「ドローン」も含まれます。目視では確認しづらい危険な場所の点検が可能になれば、より安全性が高い職場を作ることができます。

    またスマート保安導入によって従来の作業工程を減らせた場合は、従業員の業務負担軽減となり、職場の活性化、ひいては働き方改革の一助となる可能性も考えられるでしょう。

    人員の適切な配置

    固定的な作業に割り当てる人件費や作業時間(例:従業員による工場内の巡視点検など)は、スマート保安の導入により削減することができます。実際に、定期的に起こる事象の早期検知が可能になり作業効率がアップしたケースや、運転パラメータをAIに最適化させることにより、設備稼働率がアップしたケースも見受けられています。

    そして余剰となった人的リソースは、たとえば新規事業や本来充てたいと思っていた業務に投入することもでき、適切な人員配置を再構築できる可能性もメリットの1つでしょう。

    (本章の参照先:経済産業省「スマート保安パンフレット」

    スマート保安を導入するメリット【収益面】

    生産性向上による売上拡大

    AIなどを活用した「異常予知検知システム」は、異変への早期対応や安定した設備稼働を可能にします。結果として品質のぶれ幅が狭まることから質は一定に保たれ、従来より売り上げが向上したケースもあります。

    維持修繕におけるコスト削減

    ある化学工業メーカーではスマート保安の導入により、手作業だった業務が自動化され、業務工数が約4分の1に削減されました。作業におけるコスト削減の実現は多くの事業者にとってメリットの1つとなり得るでしょう。

    経費削減

    プラント運用において保安の確保は非常に重要ですが、コストについて問題意識を感じている事業所もあるかもしれません。こうした場合も、スマート保安の導入において解決の手立てが見える場合があります。実際に、”年に1回程度”など、予め期間を決め定期的に実施するメンテナンス(部品交換作業)の頻度がスマート保安の活用により抑えられたケースもあります。これは経費の削減に繋がるため、収益面にまつわるメリットといえます。

    (本章の参照先:経済産業省「スマート保安先行事例集」

    スマート保安にまつわる日本の取り組み

    「スマート保安アクションプラン」の策定

    経済産業省は、2020年からスマート保安に役立つ新技術や同技術にまつわる規制・制度の見直しをおこない、 「高圧ガス保安分野スマート保安アクションプラン(2020年)」や「電気保安分野 スマート保安アクションプラン(2021年)」を策定しました。官・民それぞれの具体的なプランが提示され、プランに基づく取り組みを実施しながら、石油や化学プラントの安全・効率性の向上を目標としています。

    認定高度保安実施事業者制度の創設

    2022年6月には、高圧ガス法を改正した「改正高圧ガス保安法」が成立され、スマート保安促進のための「認定高度保安実施事業者制度」が創られました。審査により「テクノロジーを活用しながら高度な保安を自立的に確保できる事業者」と認定された場合は、事業者の保安力に応じた手続や検査の在り方を見直してもらえるというものです。

    具体的には、設備の連続運転が可能になったり、事業所自らが保安検査・完成検査を実施できたり、変更許可の不要な工事範囲を拡大できるといったコストメリットがあります。 

    また、非連続運転の事業者 (※1年以内に設備を停止し点検等の実施が想定されている)に向けた 「自主保安高度化事業者制度」もあり、これらの制度についての解説記事は近日中に公開予定です。

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    スマート保安の事例を知りたい&まとめ

    今回は現場の⾃主保安⼒を⾼め、安全性と⽣産性の維持・向上のために推進されている「スマート保安」の概要を解説しました。皆さまの参考になれば幸いです。

    ※スマート保安の実際の取り組み事例はこちらの記事で紹介しています。ツール別にテクノロジー技術を振り分けているので、実際にどのような方法で活用されているかをチェックしたい場合はぜひご覧ください。


    サステナビリティハブ編集部

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