社内でカーボンプライシングのワーキンググループを立ち上げてみた~第2回~「事業開発の当事者」だからこそ気付けるワーキンググループの良さとは?

社内でカーボンプライシングのワーキンググループを立ち上げてみた~第2回~「事業開発の当事者」だからこそ気付けるワーキンググループの良さとは?

目次

    昨今、企業による脱炭素への取り組みは重要な課題となりました。しかし、企業・団体にとって初めての取り組みとなることも多く何から手をつけたら良いのか分からない・・・という悩みを持っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

    サステナビリティ ハブ」を運営する日揮ホールディングスでは、サステナビリティへの取り組みを多くおこなっていますが、その一環として立ち上がったのは「カーボンプライシング*」のワーキンググループ。第1回の記事では、ワーキンググループの主要メンバーから「企業の環境価値を高める取り組み」について語ってもらいました。

    そこで今回はワーキンググループ自体の良さや、参加していたからこそ得られた喜びなどを赤裸々にお話いただきました。メンバーだけでなく、企業全体を高めているワーキンググループが持つべき「意識」とは何なのでしょうか。(インタビュアー:サステナビリティハブ編集部)

    *カーボンプライシング:炭素に価格を付け、排出者の行動を変容させる政策手法のこと。(引用:環境省「カーボンプライシング」)

    第1回はこちら>>


    田中さんと松尾さんのツーショット

    田中悠太さん(右)日揮ホールディングス株式会社サステナビリティ協創部インキュベーショングループ・廃プラガス化事業ユニット所属。カーボンプライシングワーキンググループでは、オペレーションチームの一員。

    松尾知明さん(左)日揮ホールディングス株式会社サステナビリティ協創部インキュベーショングループ・バイオイノベーション事業ユニット所属。カーボンプライシングワーキンググループでは、制度調査・管理チームのチームリーダーを務める。

    日揮ホールディングスの新たな部署 「サステナビリティ協創部」

    ーカーボンプライシングのワーキンググループに参加するメンバーが多く所属している「サステナビリティ協創部」は、2019年に立ち上がった比較的新しい部署ですよね。社外の方々と関わるなかで、部署の認知度に関してどのような感覚をお持ちですか?

    松尾:多くの取引先の企業の皆さんは、「サスティナリティ協創部って何?」とおっしゃいます。ですが新しい部署ということで非常に興味を持ってくださいますし、「御社はEPC*以外にもそのような事業もやられているんですね」という言葉を頂戴することもあります。*EPCプロジェクト:「設計(Engineering)・調達(Procurement)・建設(Construction)事業」のこと。

    もともと日揮グループは、製油所や天然ガス処理設備などの設備所有者となるエネルギー企業のお客様から「EPCプロジェクト」を発注していただき、それを我々が元請として遂行する業務が主流でした。そのため従来の日揮グループをご存知の方からすると、より一層新鮮に映るのかもしれません。 

    ーサステナビリティ協創部としてはお客様がおこなっているビジネスを見た上で、新しい取り組みに関する提案をしていらっしゃるのでしょうか?

    田中:はい。受発注の関係ではなくて、新しい事業を提案・共に構築していく立場です。事業主体側の視点で動きつつ、「取引先の方と一緒にバリューチェーンを構築していくこと」を目指しています。そのため取引先の方々から見た我々は、「パートナー」という位置づけだと思っています。サステナビリティ協創部が立ち上がった後に、とある商社の方から「御社にもそのようなポジションがあるのですね。一緒にビジネスを遂行できる可能性を今までより強く感じます」と仰っていただき、印象に残っています。

    松尾:私や田中さんは中小企業診断士の資格を持っていたり、企業を横断した取り組みの場に参加することが多々あることから、この部署(サステナビリティ協創部)が立ち上がる前から対外的なコネクションが多かったんです。そのため「パートナーとして一緒に事業開発に取り組んでくれないか?」という嬉しいオファーをくださる方も多くいらっしゃいました。

    ですが、我々がこれまで取り組んできたEPC領域はプロジェクトオーナーである顧客の事業を成功に導くという「請負業務」です。それに対し、事業開発は自らがプロジェクトオーナーとなる必要がありますよね。求められる能力も今までとは異なり、反対にこれまで培ってきた強みや企業文化が足を引っ張ることもありました。そのため、請負体質からの脱却はスムーズには進みませんでした。

    ー視点や立場が変わると避けられないことかもしれませんね。田中さんはどのようなお考えでしたか?

    田中:5年ほど前に、「ムーンショット」という若手によるワーキンググループ活動がありました。そこでは我々日揮グループにおけるビジネスの将来について議論し、会社に対して「広い領域で当社が事業主体となる提案型事業・ボトムアップでの新規事業制度の創設」を提案をしたんです。ですが必要性をすぐには理解されず、否定的な意見をもらうこともありました。

    しかし、そのあとに日揮株式会社の未来戦略室や、私たちが所属するサステナビリティ協創部が設立されるに至り、もちろん当時の提案がそのまま活かされたわけではないとは理解しているものの、今、我々が思い描いていた形と近いものが実現しているのは紛れもない事実です。モチベーションを高く維持できますし、サスティナビリティ協創部内に当時の「ムーンショット」メンバーが数名いるのも面白いところですよ。

    ー当時も一緒に活動していた人たちが同じ部署内にいると、切磋琢磨しながら業務に取り組めそうですね。「ムーンショット」による提案が5年ほど前ということは、その頃から既に先見の明を持ちつつ未来予想的な動きをされていたということになりますね。

    田中:そうかもしれないですが、いま思えば若手だから持ち合わせていた「若気の至り」だったかもしれません(笑)。

    ー若手ならではの勢いも、時には大切だということですね(笑)。では実際に”部署としての体制”が新たに必要だと考えたきっかけは何だったのでしょうか?

    田中:「将来は受注(請負)型事業だけではなく、提案型・自社主体型のビジネスが重要になるのでは?」という漠然とした思いでした。個々に提案する場面はあれど、受注型事業はどうしても”受け身”になってしまいます。他社の取り組みなどを見ていくうちに、事業領域的・ビジネスモデル的にも、新しい分野にチャレンジする必要性を感じることもありました。そしてそのような新しい取り組みを、公式な組織や制度として実施できる環境の整備が重要と考えました。

    松尾:これまでの日揮グループのなかで、新規事業領域を探索する活動は幅広くおこなわれてきましたが、それは目の前のコア事業に取り組みながら…という体制だったこともあり、日の目を浴びた取り組みは多くありませんでした。一方、現在のサステナビリティ協創部や未来戦略室のメインミッションは、「両利きの経営における探索」です。つまり当社グループにとって、新規ビジネスを開拓することです。成果へのプレッシャーは小さくないですが、大きなリソースを活用することができ、恵まれた環境だと感じます。

     我々はただ勉強しているのではなく、「当事者」である

    田中さんインタビューカット

    ー続いては田中さん・松尾さんそれぞれの担当業務と、カーボンプライシングワーキンググループの関係性に関して教えてください。

    田中:私は廃プラスチックのケミカルリサイクル領域において事業創出を目指す、「廃プラガス化事業ユニット」を担当しています。また、カーボンプライシングワーキンググループではオペレーションチームに所属しています。廃プラガス化事業ユニットで担当する「米国カリフォルニア州向けの廃プラスチックからの水素製造事業」の検討で得られる知見を、ワーキンググループに共有しています。

    カリフォルニア州には「Low Carbon Fuel Standard」というカーボンクレジット制度がありますが、事業化にあたってその制度に触れていると必然的に詳しくなるんです。学んだ内容をワーキンググループで共有したり、反対に他国の制度を踏まえた見解をグループのメンバーからもらうなど、ギブアンドテイクのバランスを上手く取っています。

    ー松尾さんはいかがでしょうか。

    松尾:私はカーボンプライシングワーキンググループでは制度マネージメントチームを担当しています。制度マネージメントチームとは、各国のさまざまなカーボンプライシング制度を調査し、その知見を当社が推進する各事業ユニットに共有する…という役割です。サステナビリティ協創部には複数の事業ユニットがありますが、その事業ユニットが各々で使いたい制度があるため、学習する必要があります。

    しかし各ユニットにおいてその作業を完結させてしまうとサイロ化が生まれ、部署全体としての知見は溜まらないというデメリットが発生するんです。我々はその点に注目し、経済産業省や環境省をはじめとするさまざまな外郭団体やセミナー、ウェビナーから最新動向を抽出したものを咀嚼し、メンバーにフィードバックしています。

    ーいろいろな方向から多様な情報を持ち寄って、それを合体させているというイメージでしょうか?

    松尾:その通りです。必然的に多くの知識を蓄えることができ、部署内のモチベーションも向上させることができています。

    田中:セミナーやウェビナーに参加し、カーボンプライシングに関する制度を学んでいる企業は他にも沢山あると思います。しかし我々は勉強しているだけでなく、カーボンプライシングを取り入れた事業を実際に開発する「当事者」です。当事者はその制度を使わなければならないし、使いたい。だからこそ必要な情報を効率的に得られ、結果的に個々の知識や視点が深まるのではないでしょうか。

    松尾:私も同様に、「当事者である」という点は非常に重要なポイントだと感じます。カーボンプライシングの世界は各国の利害関係者がさまざまな意見を展開し、その状況は日々目まぐるしく変わります。事業推進に必要な情報を抽出するだけでも、相当の労力を強いられるんです。セミナー動画やニュースを流し見しつつ世の動向を追うだけでは全容は掴めず、何がポイントなのかが理解できないという世界です。ゆえに必死に動向をチェックしていく姿勢が求められますし、自分は「カーボンプライシングの制度について理解が必要な事業を推進しているのだ」という当事者意識がないと、なかなか続けられない領域だといえますね。

    田中さんと松尾さん対談中(1)

    ー当事者であるという事実はもちろん、意識の面でも自分は当事者だと思うことが、企業のためにも重要だということですね。ちなみに松尾さんから田中さんに聞いてみたいことがあるとお伺いしましたが、いかがでしょう?

    松尾:我々カーボンプライシングワーキンググループの知見レベルに関して、田中さんがどのような意見をお持ちなのかを伺いたいんです。というのも田中さんは外部の方々とも関わりが多く、外と社内の様子の双方を見ることができる稀有な立場なんです。

    田中:2020年11月にスコットランドのグラスゴーでおこなわれた「COP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議。以下、COP26)」に参加した際の話を挙げてみましょうか。COP26にはジャパン・パビリオンブースで「廃プラスチックのケミカルリサイクルに関する取り組み」を説明する担当として参加し、同様にブース出展をする他社の方とも交流をする機会がありました。私はカーボンプライシングに関する話を話題として出すことが多かったのですが、その際「我々ワーキンググループが持つ知見は武器になる」、「この知見の量と深さはもっと誇っても良いのでは?」と感じたんです。

    松尾:それはどうしてですか?

    田中:カーボンクレジット制度を、「事業で実際に活用する」という目線から捉えている人はまだあまり多くない印象を受けたからですね。もちろん事業領域の違いや、専門に担当する部門が別にあるといった理由もあるかと思います。しかし少なくともその場では、我々が事業を推進する当事者として持っている知識の量や質、深堀の度合いが周囲に引けを取らないと感じたんです。さらに、COP26で議論されている内容の論点や各国・NGOの動向等について、現地入りしていた研究機関の方・日揮グループ内の専門家と一歩踏み込んだ深い話ができましたし、COP26の主題の1つであった「カーボンプライシングに関するルール策定」に関しては、実際に交渉されている方や専門家と同目線で話すこともできたんです。

    当初私に割り振られたブース説明員としての役割を果たすだけでなく、自分の想像を超えた経験ができ非常に嬉しかったです。そしてそんな私と普段から意見交換をしてくれる、カーボンプライシングワーキンググループメンバーの知識の豊富さを、客観的に評価できた瞬間でしたね。

    ーここでもやはり、皆さんが「当事者である点」が活きたのでしょうか?

    田中:そうだと思いますよ。私たちはクレジットをつくる側のソリューションを持っており、かつ制度設計に関与しうる立場のため、「集めた知識をしっかり利活用しよう」というスタンスで居られるんです。COP26の様子を伝えるため社内SNSへの投稿をおこなう際、内容は「ブース展示の様子をただ説明するだけのレポート」でも良かったのですが、それに加え、カーボンプライシングは自社と大いに関係し、我々にとっていかに重要なのかをアピールする投稿にしました。そうでなければ、会社にとって勿体ないと思いました。

    また、まさにこのワーキンググループで取り組んでいる「今までコストでしかなかったCO2の排出削減が、価値やビジネスに変わりうる」ということをどのように書けば、読み手である社員に熱意が届くかも一生懸命に考えました。こういった投稿を通して社内モチベーションを上げたいと強く感じたのも、ワーキンググループに参加していたからだと思います。

    ワーキンググループに参加していて良かったと思う瞬間

    松尾さんインタビューカット

    松尾:COP26の高まりを受けて、社内向けに国内外のカーボンクレジット動向に関する講義を開催したこともありました。その際は約200人の社員が聴講し、当該分野の注目度の高さを改めて実感できました。グループメンバーのみならず、会社全体の底力を高めていく動きに繋げられた点は非常に良かったです。

    ー当事者である皆さんの知識が増えるだけでなく、企業全体としての知見が深まることは会社の成長に繋がりますね。そのほかに、ワーキンググループに参加していることが業務においてプラスになったことはありますか?

    松尾:私がPM(プログラムマネージャー)をしている、インドネシアのバイオメタン案件の事業成否を分けるポイントとして「バイオ認証の獲得の可否」が問われていたことがありました。この可否を各認証機関に確認していく際に必須だったのは、カーボンプライシングの知識です。というのも認証機関のルールには、ルール策定側ですらシロクロがついていない解釈の余地が残っている部分があります。

    しかしプロジェクト開発者としては、主張すべき部分は強く力説しないといけないですし、深い制度理解が必要でした。ワーキンググループの活動がなければ先方との折衝がうまくいかなかったことは明白でしたし、そういった意味で、サステナビリティ協創部の事業開発にすでに貢献しているパートは多いと思います。

    田中:ルールや制度は、決まりごとのためシンプルに見えるかもしれませんが、その設計や変更をするにあたっては複雑な要素が絡み合います。カリフォルニア州向けの事業検討において、州の複数の当局とクレジット適用などについて協議したことがありますが、制度を策定する側は、脱炭素への効果、それを裏付けるデータ、取引市場の成立、環境汚染まで、多角的な視点で制度設計しているのを肌で感じました。

    そのような場においても、ワーキンググループに参加していたおかげで、そもそものベース&クレジットの概念や、他地域における類似の取り組みなどを頭に置きながら、地に足の着いた議論ができました。我々はサステナビリティに関する事業創出をおこなうにあたり、今まで以上にルールメイキングの領域に踏み込む場面がありますが、これまでその経験を積んできたわけではないため、今まさに自分たちで実際に体験しながら知見を習得し、実践しているのです。 

    「情報・制度に詳しい」だけで地球は救えない 

    田中さんと松尾さん対談中(2)

    ーでは最後に、カーボンプライシングワーキンググループあるいは個人としてお2人の今後の目標や成し遂げたいことをぜひ教えてください。

    松尾:我々サステナビリティ協創部はカーボンプライシングに限らず、サステナビリティを推進する事業開発に必要な、世の中のありとあらゆる制度を理解しておく必要があります。日々の業務や調査を通じて知見を蓄積し、メンバー全員が省庁などのルールメイカーに対して提言できるレベルを目指したいですね。

    ー田中さんはいかがでしょう?

    田中:サステナビリティ分野の特徴の1つは、「関わる人たちが向かっていく方向性が揃いやすいこと」だと思っています。広い視点から見れば気候変動をはじめ、地球環境を持続的にするために向かうべき方向は、どのような人・企業にとっても同じですよね。そのため異なるセクターのステークホルダーの間でも、「協創」しやすい側面が間違いなくあるはずです。これは企業間だけでなく、官民の間でも同じです。個社の利害のためではなく、「社会のためになることはなにか?」について、全員が同じ方向を向きながら最適なルール検討をできる点に価値を感じています。

    一方、我々にとってカーボンプライシングワーキンググループはあくまで手段なので、いくらアイデアを話し合い学び合い検討を重ねても、最終的に人々の行動につなげ、世の中に実装されない限りは地球のためになりません。”詳しい”だけでは終わらずに実際にカーボンプライシングの活用やルールメイキングからの入り込みをしながら、サステナビリティ協創部として取りかかっている案件が1つでも多く実装されていく未来を目指します。 そしてそれは、「ムーンショット」の仲間たちと思い描いていた当社のビジネスモデル拡大にも、つながっていくと信じています。

    松尾:経済主体のなかでも、実行部分を担う民間企業が変わらないとサステナビリティは実現しないと思っています。そういった意味で、民間企業のインセンティブに繋げる動きを取らないといけないですね。そしてルール策定者に対しては、実行可能性の高い提言をしていければと思っています。

    ー本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。今後も、若いお2人のご活躍を期待しています。

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    サステナビリティハブ編集部

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