【プラント建設の未来を支える技術者たち】 #01 溶接技術のエキスパート(前編)|脱炭素化につながる新技術を開発

【プラント建設の未来を支える技術者たち】 #01 溶接技術のエキスパート(前編)|脱炭素化につながる新技術を開発

目次

    プラントの設計・調達・建設を主な事業の柱とする日揮グループでは、幅広い分野の技術エキスパート*が事業の根幹を支えています。彼らの持つ専門技術はプラント建設だけでなく、サステナブルな社会を実現するうえでも欠かせないものです。

    *エキスパート制度は、日揮ホールディングス、日揮コーポレートソリューションズ、日揮グローバル、日揮が対象

    そこでサステナビリティハブでは、技術エキスパートの方々に専門技術や最新トピックなどについて解説してもらいながら技術知識を深めていく、新しい連載をスタートします。第1回目となる今回のテーマは、「溶接技術」。是非ご覧ください。(インタビュアー:サステナビリティハブ編集部)

    プラント建設を支える「溶接技術」とは?

    ――初めに、高橋さんが専門としている「溶接」とはどのような技術なのか、教えていただけますか。

    「溶接」とは、2つ以上の部材の接合部に熱や圧力、もしくはその両方を加えて、繋ぎ合わせる接合方法のことをいいます。溶接方法にはいくつかありますが、私が専門としているのは、電気が大気中を通電する際に生じる現象(アーク)によって生じる熱を利用して、接合したい材料に瞬間的に高熱を加えて金属を溶かしながら複数の部材をつなげる「アーク溶接(Arc Welding)」の技術です。 アーク溶接の手法は、GTAW(TIG溶接)、GMAW(ガスシールドアーク溶接)、SMAW(被覆アーク溶接)など複数あり、溶接する部材や溶接の能率、溶接姿勢*などによって、どの溶接方法を採用するかが決まってきます。

    *溶接姿勢:鋼材を溶接するときの姿勢で、下向き、横向き、立向き、上向き姿勢がある。上向き姿勢が最も難易度が高く、下向き姿勢が最も難易度が低い。

    ――アーク溶接の技術は、プラント建設においてどのような場面で使われているのでしょうか。

    アーク溶接は、プラント建設を生業とする当社の業務においては、プラントを構成する圧力容器などの機器類の製作や配管の建設において、部材を接合する際に用いられています。

    溶接条件はつなぎ合わせる部材に応じて選定・調節する必要があるのですが、ここで溶接条件の選定を間違えると、溶接箇所の品質が設計要求を満たすことができなくなったり、溶接個所に不完全部を含んでしまう「溶接欠陥」が生じたりします。

    また、プラントは基本的に「一品一様」の製品ですから、全く同じ条件で溶接されることはほとんどありません。そのため、溶接の機械化・自動化は一部の工場溶接に限定されており、建設現場における溶接の大部分は依然として手作業でおこなわれています。 手作業での溶接は小さく狭い箇所や頭上での作業でおこなわれることも多く、グラインダーを使った溶接部の形状の整形などもあることから、肉体的な苦痛や危険を伴うことも少なくありません。

    ですが、大型建造物の製作や、圧力容器や配管類の気密性の確保を実現することができるのは、溶接技術あってのこと。そうした意味で、溶接はプラント建設を支える極めて重要な技術だといえます。

    ――溶接はプラント建設に欠かすことのできない基盤技術なのですね。プラント以外ではどのような分野で溶接技術は活用されているのでしょうか。

    橋梁や造船、身近なところでは自動車部品の製作など、皆様が日常で何気なく使っているものの端々に、溶接技術は使われています。職業病のようなものですが、私は日々の生活のなかでもついつい構造物の溶接箇所に目が行ってしまい、駅のホームにある屋根を支える鋼製の柱やビルなどの鉄骨の溶接部の外観の良し悪しが気になってしまいます(笑)

    サステナビリティに寄与する新しい溶接技術「NBG GTAW」とは?

    ――このたび、高橋さんのチームでは、環境負荷の低減にもつながる新しい溶接技術「NBG GTAW」を開発したそうですね。これはどのような技術なのでしょうか。従来の溶接技術との違いと併せて詳しく教えていただけますか。

    NBG GTAW」はNon Backing Gas – Gas Tungsten Arc Weldingの略で、配管を溶接する際に配管内に不活性ガスを注入せずに溶接する技術です。

    通常、ステンレス鋼などの高合金製の配管を溶接する際には、配管内にアルゴンガス を充填します。これは、配管内の接合部の酸化による溶接品質の低下を防ぐために必要な手順なのですが、作業時のアルゴンガス注入量は15L/分と極めて多いことから、コスト面での負荷が課題となっており、とある大型プロジェクトではアルゴンガスの購入に約1億円のコストがかかりました。また、溶接品質の改善のためにアルゴンガスが残る大径配管内で溶接士が作業をすることもあり、安全面での懸念点*もありました。

    *アルゴンガスは空気中に含まれている物質で、通常の環境下では他の物質と反応したり火災に繋がるようなことはないが、高濃度で吸入すると窒息する危険があるため、取り扱いは十分に注意する必要がある

    こうした課題があった“配管内へのアルゴンガス充填”の手順を省略できるようにしたのが、今回開発した新技術「NBG GTAW」 です。この技術は神戸製鋼所と共同開発したもので、特許出願をしています。

    2023年11月から実装を開始し、すでに複数のプロジェクトで本技術を活用して配管溶接をおこなっています。アルゴンガスの消費量削減に よる建設コスト削減やプラント建設時のCO2排出量の削減*に加えて、作業時の安全向上に寄与することができる技術だと自負しています。

    *アルゴンガスの製造にかかるエネルギー起源CO2の排出量が削減される

    ――「NBG GTAW」の開発において、苦労したのはどんなことでしたか。また、何がブレークスルーのきっかけになったのでしょうか?

    配管材料を使用したトライアルにおいて、上向き姿勢でおこなう6時の位置の配管溶接の際に、配管の内面側の溶けている溶接金属が重力によって凹むことをいかに防止するか、その方法を確立するのに非常に苦労しました。ですが、別な溶接要領で得ていた知見をもとにトライ&エラーを重ね、本NBG GTAWに応用することできました。似たような多数の経験をしていると、その引き出しから解決策として応用可能であることを、身をもって知りました。

    ――この技術の導入がプラント業界に与える影響は大きそうですね。

    まさにその通りで、この技術の導入にあたっては追加の設備投資は必要なく、溶接材料や溶接条件の調整で対応できるため、 近い将来、プラント建設における配管溶接の方法が、世界的にNBG GTAWに置き換わる可能性があると考えています。

    今は本技術の業界内での認知を高めるため、ASME(American Society of Mechanical Engineer:米国機械学会)のPressure Vessel & Pipingという国際学会で継続的な発表をおこなうとともに、API(米国石油協会)に溶接規格にNBG GTAWを加えてもらえるよう働きかけを進めています。 プラント業界の配管溶接の常識がガラリと変わっていく、その瞬間に立ち会えていることは技術者冥利に尽き、非常に光栄なことだと思っています。

    溶接スペシャリストの業務とは?

    ――技術の伝承とエンジニアの育成も、高橋さんの主要な業務のひとつとお伺いしました。どちらも一朝一夕に成果が出るわけではないので難しい面もあるかと思いますが、具体的におこなっている取り組みや、工夫していることがあれば教えてください。

    自分が経験した主な業務の経緯と顛末に対して、報告書を準備し皆に周知するように努めています。私は立場上、溶接や素材製作時に生じたトラブル対応の出張が多いのですが、トラブルが発生した原因や、それに対しての暫定対策・恒久対策などは、完工までのスケジュールや建設現場の気候、溶接作業箇所の広さ・溶接姿勢といったプロジェクトの置かれている環境に応じて変わり、ひとつとして同じものはありません。そのため、それぞれのケースにおいてその対応を採用するに至った経緯を伝えることが、技術伝承に大きく寄与すると考えています。

    自部門や関連部門の技術者に対しては、業務で使用する規格類に記載されている要求事項の背景や対処方法の一端を解説するようにしています。これによって、技術要求に対する一層深い理解の一助になればと思っています。2022年からは、特に若手エンジニアの技術力向上として、API RP 582、ASME IX、NACEといった国際規格についての部門勉強会も開催しています。

    海外のグループ会社やプラント建設現場に出張した際には、出張の目的に関連する技術トピックスの勉強会を現地で開催し、現地スタッフの知識の底上げを図っています。トラブル対応時には溶接士さんに対して直接的な技術指導をおこなうことも少なくありません。

    社外では、日本溶接協会の化学機械溶接研究委員会の副委員長を務めており、溶接関連の規格類の整備、会員企業の技術力向上に向けた新規技術の共有や、エンジニアを教育・育成するための講習会類も実施しています。

    ――技術支援や技術開発の業務もされているそうですね。具体的にはどのようなことをしているのでしょうか。

    例えば、特殊な部材を使用するために通常の方法では溶接出来ないというケースでは、どのようにすれば品質を確保しながら溶接が可能になるかを検討して、新しい溶接方法を開発し、現場でその方法の導入支援までおこないます。他部門が主導している技術開発案件に関して、自社が活用しやすい溶接条件をグループ会社と共に開発することもあります。また、配管トラブルの未然防止やプロジェクトごとに実施するベンダ認証業務の省力化に向けて、配管バルク認証ベンダの拡大を進めています。

    ――このような技術支援や技術開発が、品質の向上につながっているわけですね。仕事をしている中で、やりがいを感じるのはどんな時ですか。

    配管工事の現場において懸念点が出てきた時に、それを克服するために試行錯誤した結果、新しい方法や技術を生み出すことが出来た時ですね。先ほどお話しした新技術「NBG GTAW」も、現状を何とか改善できないかと知恵を絞る過程で生まれた技術でした。「溶接」というニッチな分野だからこそオリジナルを生み出しやすいという面もあるでしょう。そうした意味でも、今のこの仕事を任されているという巡り合わせにも感謝しています。

    まとめ

    今回の記事では、「溶接技術」のエキスパートに、専門技術や最新トピック、技術伝承の方法や技術支援の内容などについて話を聞きました。サステナブルな社会をつくるうえでも欠かせない「溶接技術」について、皆様の理解を深める一助になりましたら幸いです。インタビュー後編の次回記事では、溶接のエキスパートとして活躍するに至った経緯や、理想とするエンジニア像、休みの日の過ごし方など、よりプライベートに近い内容を深堀りします。