【エンジニアが徹底解説!】海外建設工事現場におけるITインフラ構築

【エンジニアが徹底解説!】海外建設工事現場におけるITインフラ構築

目次

    近年、世界的な人口増加や経済成長により、エネルギー需要がより旺盛になっています。こうした状況に対して、クリーンエネルギーの推進もさることながら、旺盛な電力需要に応えられるエネルギーインフラを整備することも、われわれが直面している課題のひとつといえます。そこで今回の記事では、エネルギーインフラ構築を支えるプラント*建設工事の現場にフォーカスします。

    * プラントとは、地中や海中から採掘された原油や天然ガスを様々な製品に精製する施設のこと。例えば原油からガソリンやプラスチックの原料であるナフサなどを精製する。

    プラントの建設工事現場では非常に多くの人が勤務します。海外の工事現場においても例外ではなく、数千人から数万人のスタッフが様々な作業に従事し、加えて数多くの業務アプリケーションを同時に使用するため、安定したITインフラストラクチャ(以下、ITインフラ)が欠かせません。海外のエネルギー関連プラントの建設工事現場は、砂漠、ジャングル、洋上など都市部から離れているケースが多いため、ゼロからITインフラをつくる作業が必要です。今回は、海外の建設工事現場でITインフラ構築に従事してきた日揮グループの社員に、業務内容や、やりがい・面白さ、海外現場ならではのエピソードを語っていただきました。(インタビュアー:サステナビリティ ハブ編集部)

    海外建設現場のITインフラ構築・特徴とは?

    ――はじめに、自己紹介をお願いします

    加藤: 私は入社以来、一貫してIT系の業務に従事してきました。海外EPCプロジェクト向けの建設管理システムの構築・導入をしていた際に、初めて海外建設工事現場のITインフラ整備に携わりました。その後、一旦その業務からは離れましたが、2012年にITリードエンジニアとして再び海外プロジェクト遂行拠点のITインフラ整備に従事するようになり、2019年までの7年間で、マレーシア、韓国、アメリカなどで約10の海外EPCプロジェクトに携わりました。

    日揮コーポレートソリューションズ コーポレートIT部 部長 加藤千太郎氏

    安藤: 私は中途入社で、前職では自動車業界向け3DCADアプリケーションのヘルプデスク、その後にデータアーカイブソフトウェアのテクニカルサポートをおこなっていました。日揮入社後は中東地域EPCプロジェクトのプラント設計システム運用、社内ITインフラ業務に携わりました。その後EPCプロジェクトの見積業務を経験し、2018年からITリードエンジニアとして、海外のプロジェクト遂行拠点における日揮ユーザ向け情報システムとITネットワークの構築・維持・改善・撤収に従事してきました。

    日揮グローバル エンジニアリング本部 ITマネジメント部 部長 安藤隆史氏

    ――海外プロジェクト建設工事現場のITインフラ構築とは、どのような仕事なのでしょうか?

    加藤: 海外プロジェクト建設工事現場のITインフラ構築の仕事は、いうなれば「横浜本社と同等の充実したITサービスを提供することで、現地においても本社同様の執務環境を整備すること」です。数年間という一定期間に数百人が勤務する拠点に、必要なITインフラを構築します。横浜本社および現地の各拠点との間で、図面・CADデータ・仕様書・指示書などの必要情報の提供やコミュニケーションをタイムリーにおこなえるように、これらを支える通信品質やキャパシティを満たす環境をつくる必要があります。

    安藤: さらに、ここで重要になるのが、工事開始から徐々に勤務する人が増えてくるので、キャパシティ増加の余地を見込みつつ、いかに初期投資を抑えるかの工夫です。数年後には撤収することがあらかじめ分かっているので、工場や支店のような恒久設備とは違い、構築・拡張・撤収が簡単にできる構成を念頭に置いて設計します。オフィスだけでなく敷地内に置いた輸送用コンテナを改装して現場詰め所を置き、そこまでの光ファイバを敷設することもあります。

    モジュール製作ヤード敷地内に引き込んだ光ファイバ(写真右下)

    ――海外建設工事現場のITインフラならではの特徴はありますか?

    加藤: 客先やジョイントベンチャー、機器や設備の取引先、工事協力会社など複数の会社が1か所に集まって仕事するので、ITインフラやセキュリティルールの統一はほぼ不可能です。そのため、ISOやIECなどの国際規格を引用してグラウンドルールとし、実務はその都度相談しながらセットアップと運用をしています。

    安藤: IoT機器やネットワークの普及に伴って、この数年で現地オフィスの様子も随分と変わりました。昔は執務部屋や机にLANケーブルを敷設し、デスクトップPCもIP電話も有線でしたが、今はノートPCとスマホアプリのソフトフォンで仕事をするので、Wi-Fiがメインです。最近は4G/5Gネットワークも普及しているので、スマホのデザリングで執務する人もいます。一方で、建設地域によっては携帯電話の電波さえ入ってこないエリアもあるので、お客様を通じて通信会社に依頼し、アンテナの増強をしてもらうこともあります。

    業務において必要なスキルや知識

    ――海外建設工事現場のITインフラ構築では、どのようなスキルが求められますか?

    加藤: ソフトスキルで一番重要なのは、コミュニケーション能力ですね。初めて付き合う現地業者はどこの誰なのか分かりませんし、大抵きちんと仕事をしてくれませんから(笑)。「どうして自分の言うことを聞いてくれないんだ、誰の言うことなら聞いてくれるんだ…」というようなことを考えながら、少しずつ関係を構築します。

    安藤: コミュニケーションスキルの必要性は私も実感しました。さらにハードスキルとしては、ネットワークと各種アプリの認証・認可の仕組みの理解が大切です。せっかくネットワークがつながっても、使いたいアプリを使えない、ライセンスサーバーにアクセスできない、というようなことがよくあります。ITインフラの担当であっても、業務アプリがITインフラに求める条件は理解しておく方が良いですね。

    モジュール製作ヤードの場合は、製作会社の敷地やビル、通信ケーブル設備を間借りします。こちらがネットワーク構成の主導権を握りたくても、実際の工事や設備の使用許可を握っている先方が優勢です。どちらが顧客なのか分からなくなることが多いですが、相手の主張を聞きながらお互いが合意できる着地点を探るのにエネルギーを使いますね。

    ――どのような技術や機器、ソフトウェアを使うことが多いですか?

    加藤: インフラ構築のフェーズでは、まずインターネット回線を引き込み、VPNで横浜本社との暫定接続をセットアップします。その後、SD-WANや専用線を引き込んで恒久回線として切り替えます。また、拠点の人数や回線切り替えを見越して、ルータ、スイッチ、メディアコンバータなどの選定と購入もおこないます。横浜本社と直結することになるので、ネットワークのセキュリティ対応も欠かせません。

    現場によっては電力事情が不安定なこともあり、電力会社からの供給とディーゼル自家発電からの供給を併用することもあります。電力供給の切り替え時に対応するため、すべての機器をUPSで保護します。回線がどうしても届かない隔絶地の場合は、現地に鉄塔を建ててアンテナを置き、電波でネットワークをつないだり、パラボラアンテナを置いて通信衛星経由のネットワークを開設したりすることもあります。

    安藤: 業務開始してからはキャパシティモニタリングや、IPS/IDSでの不正アクセスの検知などもおこないます。だんだんと建設が進んでくると、特定のサービスを使うユーザ数が突然増えることもあるので、QoSを設定します。国によってはインターネットへのアクセスが突然規制されることもあります。工事現場の中にある仮設オフィスには、メインオフィスから光ファイバで接続します。現場だとよく道路整備などで地面を掘り返すので、損傷防止のため光ファイバを保護管に通して地中に埋めたり、光ファイバを断線しないように「重要埋設物あり!」と警告看板を掲示したりします。

    海外建設工事現場でのエピソード――苦労ややりがい、休日の過ごし方は?

    ――現場業務で楽しいと思うのはどのような瞬間ですか?

    加藤:現場でITインフラを構築するのは、まだ現地事務所も立ち上がっていない時期で、現地事務所を開設するためのパイオニア事務所を作るところから仕事が始まります。事務所内に自分とITベンダーさんしかおらず、2人だけでケーブルを引いたりする時には、“楽しい”という感覚とは少し違いますが、「静かでいいな」という風に思いましたね。
    他にも、現場に入るスタッフの数は後から大幅に増えるのですが、その予測が当たると嬉しいですね。

    安藤:その気持ちはよくわかります。人数が大幅に増えても後からキャパシティを足せるように、スケールアウト・スケールアップは考えておきます。人が増えても追加支出なしで何とか乗り切れると「ヨシッ!」と心の中でガッツポーズをしたくなります。

    ――「これは大変だったな…」というエピソードはありますか?

    加藤: マレーシアのLNG(液化天然ガス)プラント建設プロジェクトで、ジャングルのど真ん中の建設工事現場にITインフラを構築した時は、本当に色々なことが起きましたね。

    電話もインターネットも開通できて順調に仕事を進めて1週間を終えた日曜の朝、「電話もインターネットも通じない!」と事務所から連絡があり、慌てて駆け付けたことがありました。現場近くの電話基地局から電話回線とインターネット回線を一緒にした光ケーブルを公道沿いに引いていたのですが、これを銅ケーブルだと勘違いした泥棒が盗もうとして切断したのが、回線不通の原因でした。

    当時、銅ケーブルは高く売れた時期だったので、その後何回も切断されました。最終的に電柱の高さを高くしたところ、その問題は収まりました。事件が起こるのはたいてい週末の夜で、切断され、翌朝現場から「電話が通じない」と連絡があるとガッカリしたものです。夜にオフィスで雨漏りがあって、朝出勤してみたらプリンタが水没していたこともあります。

    マレーシアの現場事務所に向かう道。右側の電柱に回線を引いた。

    安藤: 私は中国のモジュールヤード現場での出来事が一番印象に残っています。

    モジュールヤード内の既存のビルの中にサーバールームをつくった翌朝、現場のITメンバーから「サーバールームがとても暑く、ファイルサーバーもIP電話も使えなくて困っている」という連絡を受けたのです。調べたところ、空調機が冷気を出しすぎて冷気排出口が氷結していたことが原因でした。管理会社に連絡して冷気口をふさいでいた氷の塊を除去してもらい、やっと室温が元に戻りましたが、どうなることかと思いました。

    他にも、サーバーやネットワーク機器の電源保護のために使用しているUPSのバッテリが複数、しかも同時期に異常膨張してしまい、緊急で交換したこともありましたね。

    冷気排出口が氷結した空調機

    ――海外の建設工事現場では、どのような1日を過ごしているのでしょうか?

    加藤: 現場は朝が早く、6時や7時に業務開始するので、その時間に間に合うように現場駐在しているメンバーと一緒に車やバスで出勤します。現場に到着すると、まず関係者と当日の作業予定を確認し、現地業者さんの対応や現場や横浜本社とも適時打ち合わせをしながらインフラを構築していきます。夜は現場駐在メンバーと市内まで戻り、一緒に食事してからホテルやアパートに戻ります。

    安藤: 国によっては労働者の法定の勤務時間、休憩時間、勤務可能な曜日が決まっているので、一日当たりどこまで作業を進められるか?という点には気を遣います。さらに、宗教や習慣による違いも加味する必要がありますね。

    ――現地出張ならではのエピソードはありますか?

    加藤: 中東やアフリカでは、砂漠や土漠の中の現場も多く、その場合はキャンプを作ってそこに滞在します。キャンプといってもテントではなく、プレハブのような仮設住宅です。食事もキャンプのキャンティーン(食堂)で決まった時間に食べます。日本食も含めたブッフェ形式で提供されることが多いですね。イスラム圏では豚肉を食べられない、お酒を飲めないといった制約もあります。

    建設中のプレハブ宿舎

    安藤: 中国や東南アジアでは、近い街(市内)のホテルやアパートに仮住まいすることが多いですね。食事の宿舎近隣のレストランで取ります。出張先によっては日本では見かけない料理や食材があるので、これも楽しみの一つです。

    中国で食べた甲殻類の料理

    ――最後の質問です。現場ITの仕事は今後どうなると予想していますか?

    加藤: 最近ニュースで出ていた衛星コンステレーションを試してみたいですね。個人が直接、人工衛星経由で繋がるという時代がそこまで来ています。

    安藤: 仕事で使うパソコンをDesktop as a Serviceに変えれば、Work from anywhereが実現できるので、現場から離れた場所からでも現場業務に参画でき、働き方が変わると思います。

    ――インタビューは以上です。詳しいお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。

    加藤/ 安藤: お疲れさまでした。本日もご安全に!

    【コラム】ITインフラ構築の仕事の流れとは?フェーズごとに紹介

    ITインフラ構築には、①要件定義 ②基本設計 ③見積 ④詳細設計 ⑤構築 ⑥引渡・運用開始 ⑦運用 ⑧撤収 の8つのフェーズがあります。順を追って解説します。

    ① 要件定義フェーズ
    ITインフラ構築の始まりは、要件定義フェーズです。お客様からのITインフラ要件はすべてプロジェクト契約書に記載されているので、それを読み解きながら仕様に落とし込んでいきます。例えば「高速インターネット回線を引くこと」と契約書に書いてあれば、「現地では〇〇Mbpsが最速ですが、それでよいですか?」というように一つ一つ確認をして、仕様書に記載します。

    自社のIT要件は、建設工事を担当する建設部門や現場駐在する設計部門に確認します。例えば「タブレットが欲しい」と言われた場合は、OSやCPU、RAM、画面の大きさなどを聞き取る、といった具合です。最後に、すべての要件に対して何を構築するかをまとめた仕様書(設計書)を作ります。

    ② 基本設計フェーズ
    基本設計フェーズでは、仕様書をもとに「どの機器をいくつ用意するのか」をマテリアルリストにまとめます。「プリンタは20人に1台くらい欲しい」という要件でも、「2部屋に10人ずつ執務する」のであればプリンタは2台必要になります。このように、単純に数字だけでは分からないことを、現場事務所レイアウトも読み解きながら数量と配置を検討します。

    また、オフィスへのインターネット通信回線についても、どこからどこまで、どのくらいの期間、どのくらいの速さでといった仕様をまとめます。さらに各執務机までケーブルを敷設するための機材、台数(本数)、機材に紐づくライセンス数なども確認します。

    ③ 見積フェーズ
    次に、基本設計で決めた機材や回線サービスについて、ベンダーやキャリアに問い合わせして、見積を取ります。出てきた見積を見て予算オーバーだったら、購入個数を見直したり、配置箇所を見直したりしながら、予算内に収まるように調整や交渉を進めます。

    ④ 詳細設計フェーズ
    ネットワーク機器、サーバー、PCなどあらゆるものの設計をおこない、パラメータシートに記載します。IPアドレスの割り振りや、サーバーストレージの容量割り当て、データのバックアップ頻度や保管先、ネットワークや電源周りの冗長構成もここで決定します。

    コンテナ仕様のサーバルーム

    ⑤ 構築フェーズ
    現場事務所の建築が進み、かつ必要なIT機器が現地に届き始めたら、いよいよITインフラの構築を開始します。現場に出張して構築することもありますし、現地で雇用したIT担当者や現地業者に構築を任せることもあります。ここで作業指示するときには、詳細設計フェーズで作成したパラメータシートを使い、書いてある通りに設定してもらいます。

    ⑥ 引き渡しと運用開始
    ITインフラ構築には、おおよそ数週間かかります。構築期間中は現場に駐在して進捗を監督しますが、最も大事な仕事は現地のIT運用をする担当者の採用です。

    当地で担当者が見つかれば良いのですが、見つからない場合はフィリピンやインドで採用して派遣することもあります。引き渡し作業では、完成したものを現地IT運用担当者に引き継ぎ、IT運用担当者がオフィスに駐在してIT運用を開始します。

    ユーザは横浜本社から赴任してきた人、現地で採用された人、別の国から移ってきた人など様々です。初めて当社のプロジェクト現場に駐在するユーザもいるので、その場合は当社の情報システムの使い方や情報セキュリティ上で厳守する内容を教育します。

    ⑦ 運用フェーズ
    現場IT運用担当者が日々の運用をおこなってくれるので、運用フェーズ中の仕事は横浜本社でコストの予実を管理することがメインです。トラブルが発生したりユーザ側から新規要件が出てきたりして対応が必要になれば、現場IT運用担当者をサポートします。

    最近はITサービス継続性という観点で定期訓練をおこなうことがあり、バックアップデータからデータを戻す練習をしたり、意図的にネットワークを切断して冗長系への接続自動切替の確認をしたりもします。

    ⑧ 撤収イベント
    現場工事が終わりに近づき、現場事務所を閉める時期が決まると、業務に必要なITインフラを残しながら段階的に縮小するように撤収作業を開始します。購入・配置したIT機器の取り扱いは、①譲渡→②売却→③廃棄の順で処分を検討することが多いですね。①同じ国や近くの国で遂行しているプロジェクトに譲渡できるか、②譲渡するようなプロジェクトがない場合は現場で中古品として売却できるか、③譲渡も売却もできなければ廃棄します。最近は情報漏洩防止のため、ファクトリーリセットやフォーマットだけではなく、データのサニタイズ処理や物理破壊もルーティンとして実施します。

    まとめ

    今回の記事では、海外建設工事現場のITインフラ構築について、業務内容ややりがい・面白さ、海外建設工事現場ならではのエピソードを語っていただきました。ITインフラ構築の仕事を少しでも身近に感じていただけましたら幸いです。

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