2023.03.10
社内でカーボンプライシングのワーキンググループを立ち上げてみた~第1回~企業の「環境価値」を高める取り組みとは?
目次
昨今、企業による脱炭素への取り組みは重要な課題となりました。しかし、企業・団体にとって初めての取り組みとなることも多く何から手をつけたら良いのか分からない・・・という悩みを持っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
「サステナビリティ ハブ」を運営する日揮ホールディングスでは、サステナビリティへの取り組みを多くおこなっていますが、今回は取り組みのひとつとしてカーボンプライシングのワーキンググループを社内で立ち上げ、活動しているメンバーにお話を伺いました。【インタビュアー:サステナビリティハブ編集部】 (全2回)
森田光雄さん(右)日揮ホールディングス株式会社 サステナビリティ協創部 インキュベーショングループ所属。カーボンプライシングワーキンググループのリーダーを務める。
松本淳さん(左)日揮ホールディングス株式会社 サステナビリティ協創部 インキュベーショングループ所属。カーボンプライシングワーキンググループでは、案件実装チームのチームリーダーを務める。
カーボンプライシングとは?「環境価値」という新しい指標である
―まず、カーボンプライシングのワーキンググループではどのような活動をされているか教えてください。
森田:私たちは日揮ホールディングスの「サステナビリティ協創部」という部署に所属しています。日頃から、カーボンプライシング*や認証制度を使って案件を成立させていくことを目的とし、情報収集や実装に向けた様々な活動をおこないます。 メンバーそれぞれは、メインの業務やプロジェクトを別に持ちながら、サブ業務としてワーキンググループに関わっています。
*カーボンプライシング…企業などの排出するCO2(カーボン、炭素)に価格をつけ、それによって排出者の行動を変化させるために導入する政策手法(引用:環境省「脱炭素に向けて各国が取り組む「カーボンプライシング」とは?」)
―カーボンプライシングのワーキンググループを始められたキッカケはなんでしょうか。
松本: 日揮グループ事業の中核は、「国内外でのオイル&ガスをはじめとしたプラントや施設の設計・調達・建設(EPC)プロジェクトの創成、ならびに遂行すること」です。そしてこれまでは、そのプロジェクトに「経済的価値」があるかどうかによって判断されてきました。具体的にいうと事業主が、完成したプラントで生産される製品で十分な利益を得られるかどうか、ですね。
しかし世の中の潮流として、こうした経済価値だけでなく「環境価値」が新しい指標として重要視されてきています。カーボンプライシングとは、プロジェクトの環境価値を【数値化】したものですが、プロジェクト創成を1つの使命とする我々日揮グループにとって、カーボンプライシングに関する能力・強みを獲得することは至上命題ではないでしょうか。そのような強い思いから、ワーキンググループを立ち上げるに至りました。
森田:日揮グループでは、CO₂を埋めるCCS*や、廃プラスチックの油化・ガス化などの「資源循環の技術」を使った事業開発などをおこなっています。しかし正直なところ、CCSでいえばCO₂を埋めるだけではお金にならないのが現実です。資源循環においても、リサイクル素材から製品を作る方がコストがかかりますよね。 そう考えると、カーボンプライシングや認証のような制度が必要になってくるんです。
*CCS:「Carbon dioxide Capture and Storage」の略で、日本語では「二酸化炭素回収・貯留」技術と呼ばれます。発電所や化学工場などから排出されたCO2を、ほかの気体から分離して集め、地中深くに貯留・圧入することを指します。よく並列で出てくるキーワードとして、分離・貯留したCO2を利用するCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)があります。(参照:資源エネルギー庁「知っておきたいエネルギーの基礎用語 ~CO2を集めて埋めて役立てる「CCUS」」最終アクセス:2022/11/16)
ーカーボンプライシングによって環境価値が数値化されることが重要なのでしょうか?
松本:チームメンバーである森田と私は、共に海外のCCSプロジェクトを担当していました。CCSとは本来は大気に放出されていたはずのCO₂を、地下に安全に隔離する行為ですが、多くの国では事業者に経済的なメリットはありません。そこで「カーボンプライシング」により、CO₂貯留に環境的な価値を数値で付けることは、CCSプロジェクト成立のために不可欠な要素なんです。
―目に見える価値として表されることが重要なのですね。カーボンプライシングのワーキンググループはいつぐらいからされているのですか?
松本:2020年の12月からです。今はメンバーが15人ほどになりました(2022年現在)。 今まではサステナビティ協創部のメンバーのみだったところに、グループ会社である日揮グローバルのメンバーも加わり、徐々に規模は拡大しています。
―はじめは手探りだったと思うのですが、まず最初にしたことは何でしたか?
森田:最初は情報収集と勉強会をおこないました。勉強会といっても、このグループの中だけで終わらせるのはもったいないので、それをウェビナーのような方法で日揮グループ内にも発信しました。 メンバーが講師を務めるオンライン授業のような感じですね。社内からパネリストを立ててクイズをおこなってみたり、さまざまな工夫をしながら全7回開催しました。日揮グループ内だけが対象ではありましたが、毎回150~200人くらいが参加し大盛況でした。
案件に携わるからこそ見える、カーボンプライシングの課題
―それは大盛況ですね!勉強会ではそのほかにどのようなことをされたのでしょうか?
松本:ほかには、当社グループの目指す先を見つめ直すというアクションも始めました。
このグループの立ち上げ自体は先ほど話したように2020年ですが、実際にはそれまでもカーボンプライシングとは無縁ではありませんでした。14年前の2006年には中国で温室効果ガスを回収分解し、*CDMを通じた排出権を取得した事業というものをおこなったことがあります。CDM事業として日本・中国間では初めてで、世界最大規模(※当時)の温室効果ガス削減を達成した意義のあるプロジェクトでした。その事例をもとにおこないました。*CDM:先進国が途上国でCO2などの温室効果ガスの排出削減に役立つ事業を実施し、削減量を排出権として獲得。事業者が自らの排出削減量としてカウントしたり、市場で売買したりする仕組み。先進国に温室効果ガス排出量の削減を義務付ける「京都議定書」に記載されています。
―新しいものを作るために過去を洗い出した、ということですね。
松本:同時に、早い段階で社外の専門家の方とお会いして意見交換もしました。たとえばカーボンプライシングの分野では、誰もが名前を聞いたことがある非常に高名なエキスパートの方に会いに行きました。当時はグループを立ち上げて1ヶ月くらいの駆け出しだったので、いきなり横綱と対面するみたいな感じだったんですけれど(笑)、そこで得た様々な気づきを持ち帰って、当社のカーボンプライシングのプロジェクトに当てはめ・・・を繰り返しました。
それから1年ほど経過した時、国が主導する検討委員会が、カーボンプライシングの課題に関して日揮グループにヒアリングに来て下さったんです。その会には当時お会いしたそのエキスパートの方が委員として参加されていて、1年越しに再会した形でした。 検討委員会では日揮グループが考えるカーボンプライシングの課題を我々なりに指摘したのですが、エキスパートの方から「大変示唆のある提言ですね。こういった提言を待っていたんです。」と褒めていただき、印象に残っています。
森田:有識者の皆さんの知識とは別軸にはなりますが、制度を実際にビジネスに使おうとしたときに出てくる課題や問題点などは、もしかすると我々の方が詳しいかもしれないですね。
松本:知識でいえば我々は、著名な先生方には到底敵いません。しかし同時に私たちは日々、生きた“案件”に携わっています。自分たちの案件をビジネスとして成立させるため、実務の中で出てきた課題や悩み、実情を当事者として最前線で感じているのが強みなんです。 それをストレートに諸先生方にぶつけることで、我々と意見交換する価値を感じていただけているのかなと思います。
カーボンクレジットを「作る」×サステナビリティ
―カーボンクレジットにおける日揮ホールディングスの強みはありますか。
松本:日本では、「カーボンクレジットを買って使う側」のニーズが結構多いんです。しかし我々はその逆で、海外に出て行って「カーボンクレジットを作る側」を担当しています。 これは国内企業だと少数派です。
使う側の人たちの要望や悩みは明らかになってきているけれども、作る側としての課題や意見を持っている人はまだ少ないんです。 さらにいえば、我々が取り組んでいる「サスナビリティ事業」も新しく、取り組んでいる企業は少ない。この2つの観点から他の企業にないナレッジを蓄積していっている点こそ、我々の新たな強みになるのではと感じます。
―カーボンクレジットを作る側の事例がない中で、ゼロから開拓していくという意味では苦労されているのでしょうか。
森田:そうですね。やはり実装にあたってはさまざまな課題が出てきます。
松本:例えば、インドネシアにあるグンディガス田でCCSの実装を進めていますが、これは日本のJCM*という制度を使ってインドネシアと2国間のクレジットを実装しようというプロジェクトです。しかしJCMの枠組みの中でCCSは初めての取り組みなんです。 そのうえCCSは、東南アジアでまだ1件もない。初めてづくしのプロジェクトなので、制度があっても使おうとすると色々な課題が出てくる。それを変えていくための提案を議論するのは、日常茶飯事です。
※JCM:二国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism: JCM)は、途上国と協力して温室効果ガスの削減に取り組み、削減の成果を両国で分け合う制度。(出典:外務省「二国間クレジット制度(JCM)」最終アクセス 2022/11/16)
例えばJCMは、パートナー国だけでなくて日本のための制度でもあるんですよ。どういうことかと言うと、海外で創成したプロジェクトで脱炭素を達成できたとしましょう。その達成は、プロジェクトを支援した”日本”の脱炭素の貢献にもカウントされるんです。つまり、【日揮グループのためにおこなっていることも結果的には約半分は日本のためにおこなっていること】になるんです。我々がまず第1号として実現することで、後続もやりやすくなりますし、それが日本のためになるという思いももちろん持っていますね。
―非常に素敵な話ですね。自社のためにおこなったことが、日本のため、ひいては世界のためになるのですね。例えばですが、もし、同じプロジェクトを立ち上げる目的で他会社に誘われたらお2人はどうしますか?
森田:今のチームメンバーが一緒に来てくれるなら考えますかね。来てくれないのであれば、行きませんよ。
―おお!すべてのメンバーの知恵とスキルをもって、このワーキンググループは成り立っているんですね。
松本:もちろんです。初めてのチャレンジが多いので毎回試行錯誤するなか、ふとした時にもう無理かもしれないと思うことは正直あります。でもそういう時に、同じ会社の中に同じ想いや悩みを抱えているメンバーがいると気持ちを共有しながら前に進むことができるんです。やっぱり仲間は大事だなって思いますね。
ーありがとうございます。貴重なお話が聞けて良かったです。第2回も今回と同様、カーボンプライシングワーキンググループのメンバーにお話を伺いたいと思います。ぜひ楽しみにしていてください。
(※第2回は下記からご覧ください。)
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